著者:京極 真
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質的研究論文を書こうとすると、「どのチェックリストを使えばよいのだろう」と迷うことがあります。
COREQやSRQRはよく知られています。心理学領域ではJARS–Qualも使われていますし、近年では、再帰的テーマティック分析のためのRTARG、非実証主義的な質的研究を対象とするBQQRGも公表されました。
選択肢が増えたのはよいことです。ただ、そのぶん、「結局どれを使えばよいのか」が少し見えにくくなりました。
ここで大切なのは、複数のガイドラインを片っ端から重ねることではありません。投稿先の規程、採用した分析方法、研究を支える方法論的・認識論的な立場を確認し、最も合うものを中心に選びます。
本記事では、代表的な5つの報告ガイドラインについて、選ぶために必要なポイントに絞って解説します。
| ガイドライン | 主な対象 | 選ぶ場面 |
|---|---|---|
| COREQ | インタビュー、フォーカスグループ | 面接を用いた研究で、投稿先が指定している場合 |
| SRQR | 方法や領域を限定しない幅広い質的研究 | 方法固有の基準がなく、論文全体を幅広く報告する場合 |
| JARS–Qual | 心理学領域を中心とする質的研究 | APA系の学術誌や心理学領域で報告する場合 |
| RTARG | 再帰的テーマティック分析 | BraunとClarkeの再帰的テーマティック分析を用いた場合 |
| BQQRG | 非実証主義的なBig Q質的研究 | 方法論的一貫性とリフレクシブな開示を重視する場合 |
注.Braun and Clarke(2024, 2025)、Levitt et al.(2018)、O’Brien et al.(2014)、Tong et al.(2007)に基づいて作成した。
質的研究では、研究者がどのような立場から現象を捉え、誰から、どのようにデータを集め、どのような過程を通して解釈したのかが、研究結果の成立に深く関係します。
たとえば、論文に「半構造化インタビューを実施し、テーマティック分析を行った」とだけ書かれていても、その研究を十分に検討することはできません。誰がインタビューしたのか、研究者と参加者にはどのような関係があったのか、参加者をどのように選んだのか、質問は研究中に変化したのか、どのような手順でコードやテーマを構成したのかといった情報が必要です。
報告ガイドラインは、こうした情報の記載漏れを防ぎ、研究の透明性を高めるために使います。EQUATOR Networkは、報告ガイドラインを、読者が研究を理解し、研究者が追試や再検討を行い、システマティックレビューに利用できるようにするための最低限の情報を示すものと説明しています。
ここで注意したいのは、報告の質と研究の実施の質は同じではないということです。
論文に書かれていないからといって、その手続きが実施されていなかったとは限りません。反対に、チェックリストの項目がすべて書かれていても、研究目的、方法論、データ収集、分析、解釈が整合していなければ、研究の説得力は高まりません。
報告ガイドラインは、研究の質を自動的に保証する採点表ではなく、研究を検討できる状態にするための道具です。
COREQは、インタビューとフォーカスグループを用いた質的研究のために開発された、32項目のチェックリストです(Tong et al., 2007)。
研究チームとリフレクシビティ、研究デザイン、分析と知見という3領域から構成されます。面接者の属性、研究者と参加者の関係、面接場所、録音、フィールドノート、面接時間、分析者数、引用文と分析結果の対応などを確認できます。
インタビューを行った本人にとっては当たり前に思えることほど、論文から抜け落ちやすいものです。誰が面接したのか。どこで行ったのか。第三者は同席していたのか。COREQは、そうした具体的な情報を確認するのに役立ちます。
ただし、インタビューを使ったからといって、いつでもCOREQを選べばよいわけではありません。投稿先が指定しているか、研究の方法論と矛盾しないかを確認する必要があります。
とくに、再帰的テーマティック分析のように、COREQの一部の前提と整合しにくい方法もあります。項目があるからという理由だけで、機械的に適用しない方がよいでしょう。
SRQRは、方法論やデータ収集方法を限定せず、幅広い質的研究を報告するための21項目の基準です(O’Brien et al., 2014)。
タイトル、抄録、研究課題、研究方法、結果、考察、利益相反、研究費まで、論文全体を対象とします。インタビューやフォーカスグループだけでなく、観察、文書分析、エスノグラフィーなどにも利用できます。
特定の方法に専用の報告ガイドラインがなく、投稿先から別の基準を指定されていない。そのような場合には、SRQRは比較的使いやすい選択肢です。
一方で、SRQRを使えばどんな質的研究にも十分、というわけでもありません。再帰的テーマティック分析のように方法固有の報告基準がある場合や、研究の認識論的立場により適合するガイドラインがある場合は、そちらの使用を検討した方がよいこともあります。
SRQRは幅広く使える。その便利さは大きいのですが、万能ではない。そう考えておくとよいでしょう。
JARS–Qualは、米国心理学会が心理学領域の質的研究のために開発した報告基準です(Levitt et al., 2018)。
タイトル、抄録、序論、方法、結果、考察という論文全体を対象とし、研究デザイン、研究者の立場、参加者やデータ源、データ収集、分析、方法論的整合性などを報告します。
特定のデータ収集方法に限定されているわけではないため、インタビューを用いた研究にも利用できます。心理学領域やAPA系の学術誌へ投稿する場合には、有力な選択肢になるでしょう。
JARS–Qualの特徴は、方法論的整合性を重視しているところにあります。研究目的、方法論、データ収集、分析、結果の間に筋が通っているか。研究者の主張が、実際のデータと分析過程によって支えられているか。そうした点を丁寧に報告します。
ただし、心理学以外の研究に一律に使う基準ではありません。参考になる部分は多いものの、投稿先の規程と研究領域の慣行を確認したうえで選ぶ必要があります。
RTARGは、Reflexive Thematic Analysis Reporting Guidelinesの略称です。BraunとClarkeが2024年に公表しました(Braun & Clarke, 2024)。
対象はテーマティック分析全般ではありません。両者が提唱する再帰的テーマティック分析です。
再帰的テーマティック分析では、研究者の主観性を、分析から取り除くべき偏りとは考えません。むしろ、研究者が理論や経験を携えてデータと関わり、その過程を通してテーマを構成すると捉えます。
この立場に立つと、コーダー間一致率、分析者間の合意、テーマの客観的発見といった考え方を、無条件に質の基準にすることはできません。場合によっては、方法論的にちぐはぐになります。
RTARGの開発者は、再帰的テーマティック分析の報告には、COREQやSRQRではなくRTARGを使うよう推奨しています。
ただし、ここにも注意が必要です。RTARGは、すべてのテーマティック分析に使うものではありません。コードブック型テーマティック分析や、コーディング信頼性型テーマティック分析とは、分析の前提が異なります。
「テーマティック分析を使った」というだけでRTARGを選ぶのではなく、どのテーマティック分析なのかを確認する必要があります。
BQQRGは、Big Q Qualitative Reporting Guidelinesの略称です。BraunとClarkeによって2025年に公表されました(Braun & Clarke, 2025)。
Big Q質的研究とは、知識は部分的で、文脈に依存し、研究者の主観性も研究過程に関与する、と考える方法論です。そうした非実証主義的な立場を引き受けた質的研究を指します。
BQQRGは、項目を一つずつ埋める従来型のチェックリストとは少し性格が違います。
中心に置かれているのは、研究目的、理論、方法、分析、報告が筋の通った形でつながっているかという方法論的一貫性と、研究者の立場や判断を明らかにするリフレクシブな開示です。
開発者は、Big Q質的研究に対して、COREQ、SRQR、JARS–Qualなどの代わりにBQQRGを用いることを提案しています。
ただし、BQQRGもすべての質的研究に使える普遍的な基準ではありません。実証主義的、あるいはポスト実証主義的な前提をもつ質的研究に当てはめると、かえって研究の立場と合わなくなる可能性があります。
BQQRGを選ぶかどうかは、データの種類ではなく、研究がどのような知識観に立っているかによって決まります。
報告ガイドラインは、次の順番で考えると整理しやすくなります。
まずは投稿予定誌の規程を確認します。学術誌が特定のガイドラインを指定している場合は、その指定が出発点になります。
ただし、指定されたガイドラインと自分の方法論が明らかに合わない場合もあります。そのときは、無理に項目へ研究を合わせるのではなく、投稿規程の解釈や編集部への問い合わせを検討した方がよいでしょう。
再帰的テーマティック分析ならRTARGのように、採用した方法に専用の報告ガイドラインがある場合は、まずそれを確認します。
「インタビューをしたからCOREQ」と、データ収集方法だけで決めると、分析方法や認識論的立場とのずれを見落とすことがあります。
何を集めたかだけでなく、そのデータをどのような前提で読んだのか。そこまで考える必要があります。
非実証主義的なBig Q質的研究ではBQQRG、心理学領域ではJARS–Qualというように、研究を支える価値や領域との適合性を確認します。
方法固有の基準がなく、投稿先から指定もない場合は、SRQRが幅広く使える候補になります。
COREQとSRQRなどを、併用する必要はありません。
必要に応じて別のガイドラインを参考にすることはできます。ただし、中心となる基準は一つにした方が整理しやすいでしょう。
複数のガイドラインをそのまま重ねると、同じ内容を何度も確認することになります。
それだけならまだよいのですが、背景にある方法論的前提まで混在すると、かえって研究の筋が見えにくくなることがあります。
報告ガイドラインは、研究の質を自動的に保証するものではありません。
すべての項目にチェックが付いていても、研究目的、方法論、データ収集、分析、結論がかみ合っていなければ、研究の説得力は高まりません。逆に、ある手続きを行っていないというだけで、直ちに質が低いともいえません。
とくに注意したいのは、メンバーチェッキング、データ飽和、複数分析者による一致、コーダー間信頼性などを、あらゆる質的研究に共通する必須条件と考えることです。
こうした手続きが有効な研究もあります。そうではない研究もあります。採用した方法論によって意味が変わるからです。
チェックリストに研究を合わせるのではなく、自分の研究に合う報告ガイドラインを選ぶ。その順番を逆にしないことが大切です。
質的研究の代表的な報告ガイドラインには、COREQ、SRQR、JARS–Qual、RTARG、BQQRGがあります。
COREQはインタビューとフォーカスグループ、SRQRは幅広い質的研究、JARS–Qualは心理学領域を中心とする質的研究を対象としています。再帰的テーマティック分析にはRTARG、非実証主義的なBig Q質的研究にはBQQRGが新しい選択肢になります。
どれが最も優れているかを、一律に決めることはできません。
投稿先の規程、採用した分析方法、研究領域、方法論的・認識論的立場を確認し、最も適合するものを選びます。基本的には、併用する必要はありません。
報告ガイドラインは、研究を型にはめるためのものではありません。
研究者が何を考え、どのような判断を重ね、どのように結果へ至ったのか。それを、読者がたどれる形で示すためのものです。
Braun, V., & Clarke, V. (2024). Supporting best practice in reflexive thematic analysis reporting in Palliative Medicine: A review of published research and introduction to the Reflexive Thematic Analysis Reporting Guidelines (RTARG). Palliative Medicine, 38(6), 608–616. https://doi.org/10.1177/02692163241234800
Braun, V., & Clarke, V. (2025). Reporting guidelines for qualitative research: A values-based approach. Qualitative Research in Psychology, 22(2), 399–438. https://doi.org/10.1080/14780887.2024.2382244
Levitt, H. M., Bamberg, M., Creswell, J. W., Frost, D. M., Josselson, R., & Suárez-Orozco, C. (2018). Journal article reporting standards for qualitative primary, qualitative meta-analytic, and mixed methods research in psychology: The APA Publications and Communications Board task force report. American Psychologist, 73(1), 26–46. https://doi.org/10.1037/amp0000151
O’Brien, B. C., Harris, I. B., Beckman, T. J., Reed, D. A., & Cook, D. A. (2014). Standards for reporting qualitative research: A synthesis of recommendations. Academic Medicine, 89(9), 1245–1251. https://doi.org/10.1097/ACM.0000000000000388
Tong, A., Sainsbury, P., & Craig, J. (2007). Consolidated criteria for reporting qualitative research (COREQ): A 32-item checklist for interviews and focus groups. International Journal for Quality in Health Care, 19(6), 349–357. https://doi.org/10.1093/intqhc/mzm042
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